2話

  アルマロスと出会ったのは、イーノックが天界に召し上げられてすぐのことだった。
 好奇心旺盛な天使たちがひっきりなしに尋ねてくる中で、一番足繁くイーノックの元に通い、人間界のことを聞きたがったのが彼だ。
 イーノックの側では、ほとんどお目付役という名の教育係であるルシフェルが張り付いて目を光らせていたが、アルマロスはほんの一瞬の隙をついては、逢瀬を重ね、親交を深めていった。
 そういう行為に初めていたったのも、アルマロスの無邪気な好奇心からだった。
 優しく後ろから抱きしめられ、アルマロスの指先がイーノックの衣の中へと忍び込んでくる。
「だ……だめだ……。アルマロス」
 悪戯な指を拒み、首を横に振っても、アルマロスは美しい声で笑いながら、イーノックの抵抗をなんなく抑えた。
「ヒトはこうやって体を触れあわせて睦み合うんでしょ? 僕もやってみていいかな?」
 子供のような純な欲求に、イーノックは狼狽した。
 言葉で拒んでも、美しい声で強請られ、懇願され、細い指先で肌をなぞられる。
アルマロスが織りなす微かな刺激だけで、長い間性的に触れあうことがなかったヒトの体は浅ましいほどの反応を見せる。
 アルマロスはますます歓び、イーノックを抱き寄せる腕を強くした。
「だめ……ダメだ、アルマロス。こんなこと……神はお許しにならない」
「どうして? 僕は今、感じたことがないような感覚に襲われているよ。……たぶんこれが愛おしいってきもちなんだね」
「アルマロス……」
「この想いが禁忌なら、なぜ神はこのような感情を天使にも生まれるようにしたんだろう? 素晴らしい気持ちだよ。切なくて、柔らかくて、優しくて、君が愛おしくてたまらないんだ。この言葉につくせないほどの尊い感情を、神が禁忌にするわけがない……。そう思わないかい?」
 熱っぽい瞳でそう言い募られ、イーノックは頬を染めながら口を噤んだ。
「でも……貴方は天使で……、私は人間なんだ」
「それが問題かい? 天使はヒトを愛してはいけないの?」
「ヒトの世界でも肉欲は汚れと思われている。肉欲は執着を産むから……。ましてや貴方は神の御使いなんだ。ヒトに執着などしては」
「それを言うなら、君だって神に選ばれた汚れないヒトだよ……。美しい君が育む感情が、ただのヒトの欲のはずがない」
「アルマロス」
「イーノック……。もっとぼくに教えておくれ……。ヒトの美しさを……そしてその体が織りなす清い音色を」
「あ……」
 ふわりと体が宙に浮き、寝台へ横たえられる。
 はちみつ色の髪が白いシーツの上に広がり、それと同時に身に纏っていた衣も脱がされた。
 熱っぽい視線がイーノックの体をゆっくりとなぞり、それだけで産毛が逆立つような感覚に襲われる。
 両方の胸を掌で覆われ、優しく揉まれながら唇を求められた。
 アルマロスの体に肉の感触があるのを不思議に思いながらも、イーノックは忍びこんでくる舌を受け入れた。
 優しく円をかくように胸を撫でられ、指先で突起をひっかくように刺激される。
 痛いようなくすぐったいような感覚に、イーノックは思わずアルマロスの腕にしがみついた。
「痛い?」
「い……いや」
「よかった」
 思わず固く閉じていた瞳を開けると、どこか線の細い、美しい顔が心配そうに覗き込んでいた。
「アルマロス……」
 胸をしめつけられるような切なさに耐えきれず、イーノックはその背にすがりついた。
 実体を持たないはずのアルマロスの体が、確かにそこに感じられる。
 まるで普通の人間と抱合っているかのように。
「好きだよ……、イーノック」
 虚飾のない簡潔な愛の言葉。
 イーノックは歓びに震えながら、小さく私も、と呟いた。
 大きく足を広げられ、股間に熱く柔らかな舌が絡まる。
 広がったアルマロスの長い髪が、イーノックの太ももを優しく擽った。
 先端を舐められ、口腔に含まれると、我慢できずにイーノックは小さく声をあげた。
「イーノック」
 嬉しそうにアルマロスが名前を呼ぶ。
「すごく可愛い声……。初めて聞いたよ、もっと聞かせて」
「や……アルマロスっ……」
 再び深くそこを吸われて、イーノックの喉が反り返り、色の濃い肌に汗が流れる。
「やっ……だめっ……ああっ」
 音が出るほど強く吸われ、イーノックはずり上がろうとシーツの波の中もがいた。
 だが、下半身だけ妙に重く、ほんの少しも動かすことが出来ない。
 舌が這う感触がいやに生々しく感じられる。
「あ……いやっ……アルマ……ロスッ」
 どくんと脈打ち、アルマロスの唇の中でそれははじけた。
「あ……」
 慌てて上半身を起こすと、足下ではアルマロスが無邪気な笑みを浮かべながら、己の濡れた唇を細い指先でなぞっていた。
「アルマロス……すまない」
「どうしてあやまるの? すごい可愛かったよ、イーノック。いつもイーノックは可愛いけれど、さっきのは今まで見た表情の中で一番可愛いと思ったよ。ねえ、イーノック、君の中にもっと可愛い君はいるの? もっと僕に見せてよ」
「あ……」
 頬を撫でられ、再びシーツの上に押し倒される。
 唇をふさがれ、逃げる舌をとらえられる。
「んっ……」
 アルマロスの長い髪の中を、イーノックの無骨な指が彷徨う。
「あっ……」
 いたずらな細い指は、イーノックの一番奥深いところにいつの間にかたどり着いていて、皺を辿るように動いている。
「や……アルマロス……そこはっ……」
「知ってる……ここが君と僕がひとつになれる場所だよね?」
「ああっ……あっ……」
 ほんの少しだけ指先を埋めただけで、イーノックの体に激痛が走る。
「ん……ちょっと狭いね。このままだと君の体を傷つけてしまうかも……」
 腰を強く引き寄せられたかと思うと、膝が腹につくほど曲げられて、双丘の奥までアルマロスの前にさらけすことになった。
「あっ……」
 羞恥に耐えきれず、反射的にアルマロスの手から逃れようとするが、固く閉ざされた箇所に熱く湿ったものを感じて体が硬直する。
「やっ……アルマロスっ……あっ」
 両手でそこを左右に引っぱられ、大きく開かされる。
 唾液を流し込まれては、奥まで熱いものがねじ込まれてくる。
 それはアルマロスの舌の感触なのだとわかるのに、少し時間を要した。
 しつこいほどにそこを舐められ、くちづけられて、イーノックは恥ずかしさのあまりにきつくシーツを掴んで唇をかみしめた。
 何度も何度も双丘の間をアルマロスの舌が行き来をし、閉ざされた箇所をこじ開けようとするかのように熱く湿ったものが埋め込まれる。
「アルマロスっ……もう……」
 懇願したと同時に、それよりも固い何かがゆっくりと入り込んできた。
 アルマロスの指だ。細くて長い指は、イーノックの中をゆっくりと穿ち、そして引き抜かれる。
 痛いような、それでいて全身が粟立つような不思議な感覚がイーノックを襲う。
 快感というのにはほど遠いはずだが、なぜか体はしっかり反応し、イーノックの股間のものは再び熱さをおびている。
 何度かそうやって内部を探られた後、突然アルマロスの指先が曲げられ、ある箇所を撫でるように動いた。
「あっ……」
 思わず目を見開き、イーノックは悲鳴にも似た声をあげた。
 背中を衝撃が走る。
 ぶるりと体を震わせて、イーノックは一気に達した。
「ここがいいんだね」
 優しく、美しい声が頭上から振ってくる。
「アル……マロス」
「ちゃんと僕に教えて、ここ……気持ちいい?」
 再びそこを探られると、イーノックは目を見開き、背中をしならせた。
 快感以上に強い刺激。
 連続で擦られると頭はもうろうとし、気が遠くなるような感覚に襲われる。
 びくびくと体を震わせながら、イーノックはアルマロスに縋り付いた。
「もう……もうやめ……」
「どうして? 気持ちよくない?」
「あっ……だめだっ……これ以上はっ……あたま……変に……」
「そう?」
 残念そうにそう言うと、アルマロスはゆっくりと指を引き抜いた。
 ぐったりとした体が抱え直されるのを感じて、イーノックは霞む瞳でアルマロスを見つめた。
 優しく、柔らかな微笑みが向けられる。
 釣られて笑みを返そうとしたイーノックだったが、最奥の場所に、明らかに固い何かが既に押しつけられているのに気づき、思わず硬直する。
 避ける暇はなかった。
 今までとは比べものにならないほどの固く、太いモノが、イーノックの中を浸食してくる。
「あっ……アルマロスっ……」
「君の中は柔らかいね……。そして熱い……。感じられるはずがないのに、僕にははっきりとわかるよ。イーノック……君はとても熱い……」
 奥まで突き入れられ、そして引き抜かれる。
 内壁がそれに引きずられて動いているのがイーノックにははっきりとわかった。
 痛みより熱さの方が強い。
 内蔵を押されるような圧迫感とやるせない痛みの中で、明らかに快感が生まれている。
 足の先まで痺れる感覚に、イーノックは声を抑えることが出来なかった。
 思わずアルマロスの背にしがみつくと、美しい顔が目の前で幸せそうに微笑む。
 乱れた髪は汗で張り付いていて、それがまた扇情的だった。
 おかしな光景だ。
 天使は汗など流さないはずなのに……。
「好きだよ……イーノック」
 美しい旋律を描いて、アルマロスはイーノックの耳元で囁いた。
 二人の体は同時に硬直し、そして弛緩した。
 幸せだった。


■  ■  ■


 どこかふてくされたような顔をした大天使が、壁にもたれかかり、空を見上げている。
突如鳴り響くコール音に眉を上げると、だるそうに携帯を開いた。
「ああ……君か」
 冷めた声に、電話口の者は苦笑したようだ。
 相手にとってルシフェルの不機嫌などお見通しなのだろう。
「うん……アルマロスがとうとうイーノックに手を出したよ。まあ時間の問題だったけどね」
 電話の先の声に、ルシフェルはますます冷めた口調で答える。
「なぜアルマロスにイーノックをむざむざ抱かせたのかって? 興味があったからさ。その時、私自身がどういう気持ちになるか試してみたかったんだ。ん? 結果かい? そうだね、おもしろくなかったな。これが君がよく言う独占欲ってことなのかな?」
 電話の相手は笑っているようだ。
「まあ、物語は今スタートしたばかりさ。先は長い。せいぜい楽しむとするよ」
 ルシフェルは薄ら笑いを浮かべながら、携帯電話を切った。
「うん、やっぱりおもしろくないね」
 ルシフェルの指先が軽やかに鳴らされる。
 時が再び動き始めた。