after the storm

  フレンはベッドに腰掛けると、深くため息をついた。
 すでに就寝できる準備は整っているし、明日も早い。
 早く寝た方がいいのもわかっている。
 さきほどから窓を叩く雨音が一層ひどくなっている。
「まるで嵐だな」
 フレンはひとりごち、窓へと指先を伸ばした。
 湿った水滴が掌を濡らす。
 窓の外は真っ暗で、何も見えない。
 不安を煽るような風の音と、木々がざわめき騒ぐ音。
 そして絶え間なく打ち付けてくる雨音しかしない。
 気候が比較的安定しているこの地で、こんな悪天候はめずらしい。
 ふと外に様子を見に行きたい衝動にかられ、フレンはかろうじてそれを押さえた。
 騎士団長代行を勤めるようになってから、ほとんど休まないフレンに業をにやしたソディアが、ヨーデルにまで直訴して休暇をとるように命令させたのだ。
 何か緊急なことがあれば騎士が飛んでくる。
 それまでは何があろうと自室で待機。
 身体を休めるようにとのお達しを受けた。
 今日がその最終日。
 休暇は今日で終わり、明日からはいつもの日々が始まる。
 フレンはもう一度ため息をつくと、ベッドへと戻り、明かりを落とそうとした。
 と、その時、隣の部屋から軋むような音を立てて、窓が開く気配がした。
 こんな風に入り込んでくるのは、一人しかいない。
 合い鍵は渡しているのだから、堂々と正面から入ってくればいいのに。
「ユーリ!」
 フレンはドアを開け、まさに今窓から部屋に入ろうとしている友人の名前を呼んだ。
「よ、フレン。まったくすげー雨でまいったぜ」
 悪びれもせずにずぶ濡れのまま部屋に入ってくると、ユーリはいつも通りに不敵な笑みを見せた。
「って、ずぶ濡れじゃないか。いったいどうして……。いや、それより早くお湯を使った方がいい」
「お……おい」
 有無を言わさずユーリを浴室に押し込めると、フレンはため息をついて、濡れた床を見つめた。
 開けっ放しにされた窓からは容赦なく雨風が吹き込んでくる。
 フレンは無言のまま丁寧に窓を閉め、濡れた床をモップで拭いた。
「ったくあいかわらずなんだから」
 小言を言いながらも、苦笑が漏れてしまう。
 だが、少し気がかりだ。
 突然訪ねてくるのはいつものことだが、どことなく友人の態度に違和感を感じるのだ。
 深く考える暇もなく、浴室のドアが開けられる音がした。
 フレンは慌ててクローゼットの引き出しからタオルを取り出し、友人の元へと走った。
「こんな天気なのに……。いったいどうしたんだい?」
「どうしたって……。お前の顔が見たいと思っただけだよ」
 いつもの軽口でユーリはそう言って笑った。
「ラピードまで宿に置いてかい?」
「こんな天気なのに連れ歩くわけにはいかないだろ?」
「まさか仲間と喧嘩別れしたとかじゃないよね?」
「俺はいったいなんだよ、小学生か?」
 濡れた長い黒髪をタオルで拭いてやりながら、フレンは小さく肩をすくめた。
 どうあっても真相は話す気はないらしい。
「そんなことよりさ」
 不意に手首をとられ、ふわりと身体が宙に浮いたかと思うと、抵抗する間もなくフレンは鮮やかにベッドの上に押し倒されていた。
 間髪をいれず、ユーリの唇が降りてくる。
 こういう芸当だけは本当に舌を巻く。
 どんなスキも逃さずにユーリはやすやすとフレンの身体を手に入れるのだ。
「ちょっと……。ユーリ、濡れた髪が冷たいよ」
「そんくらい我慢しろってーの」
「ちゃんと乾かさないと」
「んな待てるか」
「あっ……」
 寝間着のボタンをはずされ、あらわになった胸に、容赦なくユーリのくちづけが落ちる。 
 胸やのど元に、ユーリの濡れた髪がまとわりつき、雫がフレンの身体を濡らした。
 寄せてくる唇が求めてくるのは激しいくちづけだ。
 フレンの呼吸など、まるで気にしていないかのように、無理矢理にむさぼられる。
「や……ユーリ」
 抗議の声はことごとく無視され、フレンは乱暴に下肢をあらわにされた。
 胸の突起を痛いほど噛まれ、まだ熱を帯びていない中心部を乱暴に扱かれる。
「ユーリっ……。痛いっ」
「フレン……悪ぃ」
 そう言いながらも、ユーリの指は止まらない。
「フレン……」
 首筋から上がってきた唇が、耳朶を優しく噛み、激しい愛撫とは裏腹に、甘く妖艶に名前を囁く。
 その声を聞くだけで、快感が走り、身体が悦ぶのをフレンは感じた。
 この声は反則だ。
 甘くてとても官能的で。
 暴力のような愛撫に怯えていた身体が、逆にそれを求め始めているのがわかる。
 濡れ始めた先端を指先で擦られ、胸を吸われるともう声が抑えきれなかった。
「あ……やあっ……」
「いやじゃねえだろ? ここ、こんなんなってる」
 ほら、とわざと水音を立てるように擦りあげられ、下腹にくちづけられる。
 その先に唇が降りていく場所はもうわかっている。
 羞恥と、その先に待つ快感を待ちわびる欲望と、ほんの少しの恐怖がフレンの心をかき乱す。
 熱い舌先がそこに触れたかと思うと、ゆっくりと口腔に飲まれていく。
 濡れた熱いものに含まれ、柔らかな舌で舐められる快感に、フレンは泣き声をあげて身体をよじった。
「やっ……だめっ……」
 柔らかな部分を指先で揉み、ゆっくりと上下に舌を這わせてくる。
 丁寧と言っていいほどのその行為に、フレンは切ないほど快感が下肢に集まってくるのを感じた。
「ユー……リ……もう」
「もうちょっと我慢しろ」
 太ももの裏をすくい上げられ、身体を深く曲げられる。
 秘められた部分までもがユーリの前にあらわになる。
 柔らかい部分を吸うように舐められると、舌がゆっくりと下方へ降りていく。
 固く閉じた蕾を舌の先でつつかれたかと思うと、探るように中へと潜り込んでくる。
「あ……そこ……いや……」
「慣らさなきゃ痛いだろうが」
 容赦の無い声に、フレンは小刻みに首を振る。
「ん……んんっ……」
「もうちょっとな」
 しつこいほどそこを舌で嬲られながら、指先はフレンの中心部に伸びている。
 軽く扱かれると、もう我慢がならなかった。
「ユ……リ……もうイ…」
「だーめ」
 根元をぎゅっと指先で締められ、快感の中に突然訪れた痛みにフレンは悲鳴をあげた。
「ああっ……」
「もうちっと我慢しろって。よくしてやっから」
「や……やだっ」
「やだって言ってもだーめ」
 どこかおどけたように言うその言葉に腹が立つ。
 だが、完全に主導権を握られたこの行為では、意趣返しは出来ない。
 泣きながらユーリに縋るしかないのだ。
「ユ……リ……はやくっ」
「ったく堪え性のない騎士様だな」
 呆れたように、だがどこか愛おしそうに言うと、ユーリは身体を起こした。
 足を抱え直し、熱いものがそこへと押しつけられる。
 ちりっとした痛みを感じたかと思うと、楔がゆっくりと打ち込まれてくるのがわかる。
 もう形も大きさも覚えてしまうくらいに受け入れているのに、この瞬間だけはいまだに慣れない。
「ユ……りぃ……い……たい……ああっ」
 押さえつける腕に爪をたて、フレンは白い喉をのけぞらせた。
「早く…欲しいって言ったの、お前だろ」
 揶揄するように言われても、穿たれる苦痛をやりすごすのに必死なフレンは言い返すことも出来ない。
 無意識に侵入者を追い出そうと、きつく締め上げてしまったのか、ユーリが微かに苦痛の声をあげた。
「っ……。お前きつすぎ」
「や……あ……あっ」
「しょーがねえな」
 ニヤリと意地悪い笑みをその口元に浮かべると、ユーリはフレンの中心部に指を伸ばした。
 優しく上下に扱くと、一瞬身体の力が抜ける。
 そこを逃さず、ユーリは深くフレンの身体を所有した。
「あ……あっ……やっあ……」
「もう全部入ったって。そんなに痛くねえだろ?」
 掠れる声で耳元に囁かれ、フレンはまたもや身体がぞくりと震えるのがわかった。
「ユ……リ……」
 再び両足を抱え上げられ、激しく身体を揺さぶられる。
 腰が打ち付けられる度に背中をかけあがる痛みと快感が混ぜ合って行く。
 思い切り中をかき混ぜられ、擦られ、すべての熱が下肢に集まったその時、ひときわ深く征服され、フレンは絶頂に登り詰めた。
 身体の奥を浸す熱い飛沫を感じながら、フレンはゆっくりと身体の力を抜いた。


「何かあったのかい?」
 身を寄せ合い、優しく何度も口づけを交わした後、フレンはおずおずと問いかけた。
「どうしてそう思う?」
 金色の髪を指先で弄びながら、ユーリが微笑んでくる。
 その笑みがどことなく自嘲じみてて、フレンは微かに眉を寄せた。
「俺が一人で唐突に訪ねてくることなんか、そうめずらしいことでもねーだろ」
「でも、あんな風に唐突に求めてくることもあまりないから」
「そっかあ? いつも俺は唐突だぜ?」
「そうなんだけど、唐突さが違った感じだった」
 まるで、長い間道に迷い、孤独と不安で死にそうなほどつらい思いをしていた子供が親の抱擁を求めるように、ユーリはフレンを求めてきた。
 普通ならもう少し、余裕があるはずなのに。
「ったく、お前には敵わねえな」
「それはお互いさまだろ?」
 フレンの指先が、優しくユーリの頬を撫でた。
 どこか疲れて見えるのは、錯覚ではないようだ。
 肉体的にはなく、精神的に。
「なんてこたーないんだ。ちょっとばかりギルドの仕事で納得いかねえことがあって」
「そう……」
「あいつらには、俺たちは完璧じゃないんだから、たまにはこういうこともあるって諭したんだが」
「実はユーリ自身納得出来ていることじゃなかった……」
「特に人の生死はな……。俺たちじゃどうにもならないこともあるってわかってる。俺たちは神様じゃねえ。理屈ではわかってるんだが……」
「そうだね……」
「あいつらの前では良い格好したけど、実はけっこう俺も凹んでさ」
 天井を向いていたユーリの視線が、傍らのフレンへと向けられる。
「無性にお前に会いたいって思ったってわけ」
「それは光栄だね」
 フレンは裸の身体を起こすと、ユーリへと唇を寄せた。
 触れるだけのくちづけを交わすと、溢れる日の光のように温かい笑みを浮かべ、親友をみつめた。
「ユーリは僕にも弱いところはあまり見せてくれないから。いきなり強姦されるのはちょっとごめんだけど、縋ってくれるのは素直に嬉しいって思うよ」
「強姦とかひでーな。最後強請って来たのはお前だろ」
「それはユーリが悪い」
「俺がうまいからだろ?」
 からかうような言いざまにむっとして、フレンは思わずユーリの頬を思い切りつねる。
「ちょ、痛いって!」
 涙目になりながら抗議するユーリの間抜けな姿を見て少し溜飲が下がったのか、フレンは再び笑みを浮かべて身体を寄せた。
「ユーリ。いつの間にか嵐が止んだみたいだよ」
 外はもう吹きすさぶ雨風の音はしない。
「そうだな。嵐もいつかは止むもんだよな」
「そう言うこと。でももし嵐に濡れてどうしようもなくなったら」
 フレンは顔をあげ、ユーリの視線を捕らえた。
「また僕のところに帰って来て欲しい」
 自分の出来ることなどたかがしれているが、こうやって一緒に寄り添うことは出来る。
「ああ、俺の帰る場所はお前の隣だけだ」
 甘く優しい囁きに頬を染めながら、フレンは再びユーリの唇を求め、瞳を閉じた。