キューティーヒーロー
「これは……。東洋のお城ですね。折紙先輩はこういうのがお好きなんですか?」
ヒーロー達が集まるトレーニングルームの一角にある休憩フロア。
ソファに座り一心不乱に分厚い写真集を見つめているイワンの隣に、トレーニングを終えたバーナビーがやってきて、開いているページをさりげなく覗き込む。
「はい。ジャパニーズなものならなんでも……。特に古い建築物はいつか直に見るのが夢なんです」
顔をあげ、はにかんだような微笑みを浮かべながらイワンが応える。
「僕も詳しくはないですが、歴史ある建築物には興味がありますね。特に東洋の建物は重厚で趣があって素晴らしいと思いますよ」
「バーナビーさんもですか! 嬉しいなあ!」
「あーら、美形同志何内緒話してんのかしら?」
二人の間の僅かな隙間にたくましい尻をねじ込んでネイサンが座り込んでくる。
「ジャパニーズキャッスル? あんたこういうの好きなのねえ」
「はい」
ネイサンの言葉に、イワンは素直に頷いた。
「ねえ? ところで、この後二人ともお暇かしら?」
体をくねらせ、媚びを含んだ仕草で目を瞬かせると、ネイサンは拘束するかのように二人の腕をがっちりととった。
ふりほどくことが出来ないほど強い力である。
「はい……?」
いやな予感にイワンとバーナビーは反射的に逃げ腰になった。
「そんなに怯えないでよ。実は今日ね、私の趣味でやってるお店がオープンするんだけど、人手が足りないのよぉ。二人とも見目はよいし、私のお店のイメージにぴったりだし……。ね、悪いけど、一日だけ助けてくれないかしら」
「お店……?」
「お店……?」
イワンとバーナビーの声が見事に合わさる。
「そ。お礼ははずむから。ね? これも人生経験よぉ」
「そんなこと言われても……」
「僕……困ります」
バーナビーもイワンも困惑して口ごもった。悪い予感しかしない。
だが、ネイサンは諦めなかった。
若くて経験の浅い二人は、狡猾な口八丁手八丁に乗せられ、いつの間にか承諾したことにされていて、抵抗する間もなく車に押し込められ、そのままネイサンの店へと強制連行されてしまった。
開店祝いの鮮やかな花々で彩られた店は、一見小さな城のようにも見えた。
重厚な石造りで建てられ、入り口の両脇は美しい彫刻が施されていて、とても何かの店のようには見えない。
内部はロココ調でまとめられた豪奢な家具と内装で飾られ、どこか官能的な、紳士淑女が集う秘密の高級クラブといった印象だ。
一番奥の部屋に通されると、そこは従業員の控え室のようだった。
美しいドレスを身に纏った十数名の美女達が化粧や準備に追われている。
いや……? 美女?
バーナビーとイワンは思わず耳を疑った。
確かにそこにいる人々はぱっと見美しい女性にしか見えない。
だが聞こえてくるのは野太い男の声のみだ。
「社長! おはようございますぅ」
ネイサンに気づいた従業員たちが、みな一斉に挨拶を始める。
その声は女性的な仕草を作ってはいても、とても高級クラブの控え室から聞こえてくる類のものとは思えなかった。
あえて言えば男くさいスポーツ、ラグビーかフットボールの部室のようだ。
「おはよう、みんな。今日から待ちに待ったオープンよ。いろいろ大変だろうけど、みんなでお店をもりあげていきましょう!」
「はーい!」
たくましい声と拳が一斉に上がる。
バーナビーとイワンは顔を引きつらせたまま、呆然と立っているしか術がなかった。
「まさか……。この店って」
震える声でバーナビーが問う。
「女性禁制、男性のみの会員制高級オカマバーよ。言わなかったっけ?」
「きいてません!」
「きいてません!」
またもや見事にバーナビーとイワンの声がハモる。
「あら、社長、この子たちなーに? 可愛いじゃない?」
くねくねとしなを作りながら、女性に見える男性の一人が前に出る。
好奇心を隠さない表情でバーナビーたちをかわるがわる凝視している。
「社長、この子もしかして?」
一人の従業員がバーナビーの正体に気づいたのだろう。
思わずバーナビーがたじろぐほど顔をぐいっと近づけ、ネイサンに問う。
「そ、バーナビーよ。ヒーローの」
にやりと笑みを浮かべながらネイサンが応える。
とたんに甲高い悲鳴があがり、皆がバーナビーの周りに足音を立てながら走りよってくる。
「うわ!」
思わずバーナビーはイワンを盾にして隠れたが、前も後ろもとり囲まれ、絹を切り裂く男の歓声を弾丸のように浴びせられることになった。
「あらぁ、こっちの子も超可愛い! プラチナブロンドがきれーい」
「やーん、もう二人とも食べちゃいたーい」
「こらこら、そのくらいにしなさい。怯えちゃったらお仕事にならないわ」
ネイサンにやんわりと諫められ、女性もどきたちがすごすごと後退する。
「仕事って? まさかこの子たち」
「そ。一日ヘルプで入って貰うことにしたの。ま、お店の話題作りよ。で、この子たちに似合うドレスを選んで欲しいんだけど……。いいわ、私が選ぶわ。クローゼットに行きましょう」
「ちょっと待ってください! ドレスって! っていうかヘルプって!」
「僕たちももしかして……その……ドレス着て」
怯えながら問う二人に、ネイサンは鮮やかに笑って見せた。
「ご名答」
妖艶な笑みを浮かべながら、ネイサンは有無を言わさず二人の首根っこを掴むと、そのまますさまじい力でずるずると奥のドレスルームへと引きずっていく。
抵抗する間もなく、二人はドレスとウィッグをつけられ、完璧な化粧を施されてドレスルームから放り出された。
「あらん、よく似合ってるわよぉ、二人とも」
ネイサンの言葉に、後ろに控えている女性に見える男性達も大きく頷く。
バーナビーは地毛に近いアッシュブロンドのストレートロングのウィッグに大胆にスリットが入った白のイブニングドレス。
イワンはやはり同じ髪色のウエーブがかかったロングヘアのウィッグにフリルがふんだんに使われたピンクの可愛らしいドレスを身に纏っていた。
「こんなの……困ります」
「もう……帰りたい」
「はいはい! もう時間よ! みんなお客様をお迎えして」
二人のぼやきには耳を貸さず、ネイサンは手を叩くと従業員たちを店へと促した。
そして、二人の方へと振り返ると、鮮やかに微笑む。
「そんな不安な顔しなくても大丈夫よ。今日はオープン初日ですもの。私が日頃懇意にしている人たちしか呼んでないの。適当に相づちうって、適当にお酒作っていればいいのよ。あなたたちのテーブルには私も同席するから」
「でも……」
「こんなの聞いてません」
煮え切らずに及び腰の二人に、ネイサンはきっと睨み付け、渇を入れる。
「ごたごた言わない! ここまで来たからには、あんた達もヒーローでしょ? 腹ァくくりなさい!」
「いや……腹をくくる理由がぜんぜんわからないんですが。しかもヒーロー関係なくないですか?」
「もうやだ……帰りたい」
バーナビーの冷静なつっこみもイワンのぼやきも無視し、ネイサンは店の中へと視線を向けると二人にも見るように促した。
丁度店のドアが開き、誰かが入ってきたところだ。
「ほら、今日一番のVIPがいらっしゃったわ。あんたたちの出番よ」
両手で二人の尻を叩くと、ネイサンはニヤリと笑った。
「ここがファイアーエンブレムの店かあ。すげえな。どこもかしこもキンキラキンだ」
アントニオが開口一番に感嘆の声をあげる。
「すばらしい! そしてすばらしい! 見渡す限り美しい女性ばかりだ」
「スカイハイ、わりーけどあれ女じゃねえぞ」
虎徹のつっこみにも動ぜず、キースはおおらかな笑みを向けてみせる。
「そうなのかい? でもそんなことは些細なことだよ、ワイルドくん!」
「いや、些細じゃねえだろ」
小さく突っ込まれたアントニオの言葉は綺麗に無視された。
「あーら、いらっしゃい! お待ちしてたわん」
ネイサンの登場に、三人三様の反応が返ってくる。
一人は妙に感心して、一人は日頃と変わらずハイテンションのまま、そして残り一人は半ば呆れたような顔をして。
「ファイアーエンブレムの奢りだっていうから来たけど、本当にオカマだらけだとは思わなかったぜ」
「あら、高級オカマバーですもの。当然でしょ。女性禁制だしね」
「いい酒出してくれるんだろ?」
「ま、期待してて」
「素晴らしい店だね! ファイアー君!」
「いやだわ、ここではネイサンって呼んで。あんたたちにはVIP席用意してんのよ。もちろんオンナノコたちもVIP専用のゴージャスな子達よ! こっちに来てぇん」
「オンナノコって言ったって……男なんだろ?」
顔をしかめながら虎徹が小声で応える。
店の奥にある個室に通されると、そこには若い女性……に見える男性が二人座っていた。
一人はアッシュブロンドのロングヘアな美女、一人はウエーブがかかったプラチナブロンドの美少女だ。
二人とも間違いなく男性には見えないほどの美女ぶりだったが、何やら様子がおかしい。
客が部屋の中へと入ってきたのを見て、作り笑いを浮かべて立ち上がったまではよかったが、虎徹たちの姿を認めたとたん、笑顔のまま固まってしまったのだ。
「あーら、ごめんなさい! 今日初めてこういう仕事をする子たちだから、緊張しちゃってるのね。ほら、あんたたち、早くお客様を席にご案内して!」
一方、バーナビーとイワンは激しいパニックに襲われていた。
どんなにヒーローの仕事でピンチになったとしても、ここまで心臓が破裂しそうなほど激しく脈売ったりはしないだろう。
なぜ、よりにもよって自分たちの同業者の酒の相手をしなければならないのだ。それもこんな屈辱的な姿で。
もちろん最初からファイアーエンブレムに仕組まれていたことなのだが、残念ながら頭の回転のいいバーナビーですらそこまで考えが及ばなかった。
席に案内しろと言われてぎくしゃくと動き出したが、その動作はまるでロボットのようにぎこちない。
成り行きで、ロックバイソンとスカイハイの間にイワンが、そしてバーナビーは虎徹の隣に座ることになった。
最悪だ。
せめてロックバイソンたちの隣なら、ばれる可能性は多少なりとも少なくなるかもしれない。
だが、さすがに四六時中一緒にいる同僚が、化粧とドレスで見る影もないと言っても自分の相棒に気づかぬわけがない。
たとえそれが人の顔を覚えない虎徹だとしても。
「まだお仕事に慣れてなくて粗相をしてしまうかもしれないけど、大目に見てやってちょうだい。美貌だけなら一、二位を争う子たちなの。アントニオちゃんたちの隣にいるのが、キャシーちゃん、そして、そっちがリンダちゃんよ」
「へえ、リンダちゃんかぁ」
虎徹がバーナビーの顔を覗き込んでくる。
「早速だけど、飲み物作ってくんねえ? 焼酎のお茶割りで」
「……あ……。ハイ」
慌ててグラスとアイスペールに手を伸ばす。
とりあえず絶対に正体がバレることだけは避けねばならない。
どこかぎこちない手つきで氷を入れ、焼酎とお茶を注ぎ込む。
うつむき加減でグラスを差し出すと、妙に顔を近づけられ、下から覗き込まれてバーナビーは再び無言のまま固まった。
「ほんとにお前男なのかよ。綺麗な顔してるよなあ」
虎徹が感心したように言う。
「え……」
「ま、男でも綺麗なヤツはいるけどさ。なんかその碧の目、俺の知ってるヤツにすげえ似てるんだよなあ」
血圧が一気に上がり、そして急降下するような目眩をバーナビーは感じた。
心臓が喉から飛び出しそうだ。
もしばれたらもう生きていけない!
冷や汗と一緒に涙まで出てきそうになる。
イワンの方はと見ると、やはり蒼白な表情をしながら、震える手つきで二人に酒をついでいた。
「おっと」
耳元で上がった虎徹の声でバーナビーは我に返った。
見ると、虎徹は手元が狂ったのか、膝を酒で濡らしていた。
「シミになっちゃうか? コレ」
「あら、大分濡れちゃったのね。奥の部屋で染み抜きしてきたら? これ、鍵!」
ネイサンから投げられた鍵を華麗にキャッチし、虎徹は立ち上がった。
「わりぃ、えっと、リンダちゃんだっけ? 一緒に来てくんねえ?」
「え?」
わけがわからずバーナビーは思わず縋るようにネイサンを見る。
「いいのよ、ご指名ですもの。彼と一緒に行ってあげて」
笑いながらネイサンは片目を瞑って見せた。
虎徹に手をとられ、半ば混乱しながらバーナビーは後に続く。
フロアの奥から出ると、長い廊下が続いていて、その両脇にいくつか部屋があった。
まるでホテルのような作りになっていて、その中の一室のドアを虎徹は開いた。
部屋の中も、まるで小さなビジネスホテルそのものだった。
ベッドがあり、サイドテーブルもある。
「ここは……」
「なんだぁ? こういうところに勤めてんのに、こういう部屋あるの知らないのか?」
「こういう……部屋?」
おずおずとバーナビーが頷く。
「まあ、主に酒飲みすぎて、気分が悪くなった客を休ませる場所、なんだけど」
ベッドに座ってハンカチでズボンを拭きながら、虎徹は言う。
「でも、こういう使い方もするわけだ」
顔をあげ、ニヤリと笑う。
瞬間、バーナビーは腕をとられ、ベッドへと押し倒されていた。
「え?」
ニヤリと虎徹がいたずらっぽい笑みを浮かべ、覗き込んでくる。
「気に入った店のオンナンコを連れ込んで、まあ、そのなんだ。イイコトしようっていう」
「イイコト?」
「んなことも知らないのか。ったく、なーにやってんだ、バニー」
「知るわけないでしょう」
と、応えてから、バーナビーは我に返った。
一瞬頭の中が真っ白になる。
今、彼はなんと言った?
言葉が脳内に到達し、意味をなすまで優に三秒はかかったであろう。
「おーい、大丈夫か? バニー? バニーちゃん?」
「ええええええ? なんで僕だってわかったんです?」
思わず声が裏返る。
「そんなん、こっちがえーだよ。ファイアーエンブレムに呼ばれてタダメシに釣られて来てみれば、女装した相棒が出迎えてるとかさ。つーかマジ何やってんの? そんなに金に困ってんのか」
「んなわけないでしょ!」
すかさずバーナビーが噛みつく。
「だよなあ」
いいながら虎徹はぽりぽりと頬を掻く。
「ってうか、なぜ僕だとわかったんです?」
「わからないと思う方がおかしいだろ。お前どんだけ俺をバカだと思ってんだよ。仮にも四六時中一緒にいる相棒だぞ? どんな格好しててもわかるさ」
虎徹の言葉に、バーナビーは憎まれ口すら出てこない。
屈辱なのは変わらないが、こんな姿の自分を見ぬいたことが、彼の愛情の深さを物語っているような気がして、妙に甘酸っぱい思いもこみ上げてくる。
無言のまま、いたずらがばれた子供のように拗ねた表情で虎徹を見上げる。
「まあ、せっかくファイアーエンブレムに鍵ももらったわけだから」
「は?」
虎徹の指がバーナビーの見事にふくらんだ胸へと伸ばされる。
いつもとはちがう感覚に、虎徹は訝しげに眉を寄せた。
「んー、何コレ。シリコンでもいれてんのか?」
「これは彼が用意して……」
「ったく。こんな偽乳までつけて……。他の男に笑顔で酒ついでたかと思うと、おじさんヤキモチ焼いちゃうぞ!」
「馬鹿なこと言わないで下さい!」
「バカなことじゃねえよ。それでこんなとこに連れ込まれてたら、お前どーしてたの?」
「相手をけっ飛ばして逃げてました。って……どこに手入れてるんです!」
虎徹の指が下腹部へと伸び、スリットの中へと潜り込んでいく。
「あれ? この手触り……。まさかシルク?」
「知りませんよ! ってこら!」
膨らみを下着越しに探られて、バーナビーは虎徹の顔を掌で押しのけた。
だがすぐに手首を掴まれ、シーツへと押さえ込まれてしまう。
「いいじゃねーかよ。見せてみろって」
「イヤですよ! この変態!」
「こんな格好しているヤツに言われたくないっつーの」
「僕だって好きでこんな格好しているわけじゃ……」
ドレスをめくられ、下半身を露わにされて、バーナビーの頬が赤く染まる。
「お前、やらしー下着まではかされてるんじゃねえよ。女もんだろコレ。ってTバック? しかも両サイド紐?」
「いちいち言わないでいいです!」
視線に耐えきれず、両手で顔を覆う。
屈辱と羞恥で震える体をどうすることも出来ない。
情けなさで声を出して泣き叫びたい衝動にかられた。
「顔隠すなって」
不意に甘い、低い声が降ってくる。
手首を掴まれて、再びシーツの上に押しつけられる。
間髪をいれずに唇を奪われ、深く嬲られた。
頭の芯がぼうっとなるまで舌を絡められ、力が抜けたところで唾液を引き摺りながら唇が離れていく。
「恥ずかしがらなくても、すげえ綺麗だし、可愛いぜ?」
「……冗談は顔だけにしてください。みっともないって思ってるくせに」
「思ってねえよ。冗談のつもりもねえし。……顔だけって何気に失礼だな、お前」
「あ……」
するりと片側の紐がはずされたのがわかった。
直に虎徹の指がそこに触れてくる。
さわさわと撫でたかと思うと、握りこんで上下に擦り始めた。
同時に頬や額に柔らかなくちづけが降ってくる。
「ほんとに綺麗だって思ってるって」
「言わないで……下さい」
「ほんとだって」
甘い囁きに誘われて、再び深くくちづけあう。
虎徹を迎え入れるために自然に足が開いていくのが自分でもわかった。
指を奥まで呑込んだ後は、固く熱いものが押し当てられる。
バーナビーは虎徹の背中にしがみつくと、来るべき衝撃に耐えるために、瞳を固く閉じた。
再び店に現れたのは、虎徹一人だった。
相変わらずイワンはアントニオとキースに挟まれて、生きた心地のしない表情をしている。
ということは、まだ正体が二人にはバレていないのだろう。
「あら、うちのリンダちゃんは?」
意味深な微笑みを浮かべながら、ネイサンはさりげなく問いかけてきた。
もちろん、ネイサンには何もかもお見通しなのだろう。
「わりーけどあの子、お持ち帰りさせてもらうわ。車手配してくんね?」
「いいわよ。でも、あんま無茶させないでね。初心な新人なんだから」
ネイサンが片目を瞑ってみせる。
「オイオイ、思いっきりお持ち帰りかよ。お安くねーな、虎徹」
「羨ましい! そして羨ましい!」
「ほんじゃ、またな」
背中越しに冷やかしの声が飛んでくる。
後ろ手に手を振って応えると、虎徹は再びバーナビーが待つ部屋へと戻った。
白いドレスのまま、動けないバーナビーを颯爽とお姫様だっこし、ネイサンたちに見送られながら、虎徹は表に出た。
店の前に用意されたロールス・ロイスに乗り込む二人の姿は、夢見るオカマたちの憧憬を一心に集めたのは言うまでもない。
ヒーロー達が集まるトレーニングルームの一角にある休憩フロア。
ソファに座り一心不乱に分厚い写真集を見つめているイワンの隣に、トレーニングを終えたバーナビーがやってきて、開いているページをさりげなく覗き込む。
「はい。ジャパニーズなものならなんでも……。特に古い建築物はいつか直に見るのが夢なんです」
顔をあげ、はにかんだような微笑みを浮かべながらイワンが応える。
「僕も詳しくはないですが、歴史ある建築物には興味がありますね。特に東洋の建物は重厚で趣があって素晴らしいと思いますよ」
「バーナビーさんもですか! 嬉しいなあ!」
「あーら、美形同志何内緒話してんのかしら?」
二人の間の僅かな隙間にたくましい尻をねじ込んでネイサンが座り込んでくる。
「ジャパニーズキャッスル? あんたこういうの好きなのねえ」
「はい」
ネイサンの言葉に、イワンは素直に頷いた。
「ねえ? ところで、この後二人ともお暇かしら?」
体をくねらせ、媚びを含んだ仕草で目を瞬かせると、ネイサンは拘束するかのように二人の腕をがっちりととった。
ふりほどくことが出来ないほど強い力である。
「はい……?」
いやな予感にイワンとバーナビーは反射的に逃げ腰になった。
「そんなに怯えないでよ。実は今日ね、私の趣味でやってるお店がオープンするんだけど、人手が足りないのよぉ。二人とも見目はよいし、私のお店のイメージにぴったりだし……。ね、悪いけど、一日だけ助けてくれないかしら」
「お店……?」
「お店……?」
イワンとバーナビーの声が見事に合わさる。
「そ。お礼ははずむから。ね? これも人生経験よぉ」
「そんなこと言われても……」
「僕……困ります」
バーナビーもイワンも困惑して口ごもった。悪い予感しかしない。
だが、ネイサンは諦めなかった。
若くて経験の浅い二人は、狡猾な口八丁手八丁に乗せられ、いつの間にか承諾したことにされていて、抵抗する間もなく車に押し込められ、そのままネイサンの店へと強制連行されてしまった。
開店祝いの鮮やかな花々で彩られた店は、一見小さな城のようにも見えた。
重厚な石造りで建てられ、入り口の両脇は美しい彫刻が施されていて、とても何かの店のようには見えない。
内部はロココ調でまとめられた豪奢な家具と内装で飾られ、どこか官能的な、紳士淑女が集う秘密の高級クラブといった印象だ。
一番奥の部屋に通されると、そこは従業員の控え室のようだった。
美しいドレスを身に纏った十数名の美女達が化粧や準備に追われている。
いや……? 美女?
バーナビーとイワンは思わず耳を疑った。
確かにそこにいる人々はぱっと見美しい女性にしか見えない。
だが聞こえてくるのは野太い男の声のみだ。
「社長! おはようございますぅ」
ネイサンに気づいた従業員たちが、みな一斉に挨拶を始める。
その声は女性的な仕草を作ってはいても、とても高級クラブの控え室から聞こえてくる類のものとは思えなかった。
あえて言えば男くさいスポーツ、ラグビーかフットボールの部室のようだ。
「おはよう、みんな。今日から待ちに待ったオープンよ。いろいろ大変だろうけど、みんなでお店をもりあげていきましょう!」
「はーい!」
たくましい声と拳が一斉に上がる。
バーナビーとイワンは顔を引きつらせたまま、呆然と立っているしか術がなかった。
「まさか……。この店って」
震える声でバーナビーが問う。
「女性禁制、男性のみの会員制高級オカマバーよ。言わなかったっけ?」
「きいてません!」
「きいてません!」
またもや見事にバーナビーとイワンの声がハモる。
「あら、社長、この子たちなーに? 可愛いじゃない?」
くねくねとしなを作りながら、女性に見える男性の一人が前に出る。
好奇心を隠さない表情でバーナビーたちをかわるがわる凝視している。
「社長、この子もしかして?」
一人の従業員がバーナビーの正体に気づいたのだろう。
思わずバーナビーがたじろぐほど顔をぐいっと近づけ、ネイサンに問う。
「そ、バーナビーよ。ヒーローの」
にやりと笑みを浮かべながらネイサンが応える。
とたんに甲高い悲鳴があがり、皆がバーナビーの周りに足音を立てながら走りよってくる。
「うわ!」
思わずバーナビーはイワンを盾にして隠れたが、前も後ろもとり囲まれ、絹を切り裂く男の歓声を弾丸のように浴びせられることになった。
「あらぁ、こっちの子も超可愛い! プラチナブロンドがきれーい」
「やーん、もう二人とも食べちゃいたーい」
「こらこら、そのくらいにしなさい。怯えちゃったらお仕事にならないわ」
ネイサンにやんわりと諫められ、女性もどきたちがすごすごと後退する。
「仕事って? まさかこの子たち」
「そ。一日ヘルプで入って貰うことにしたの。ま、お店の話題作りよ。で、この子たちに似合うドレスを選んで欲しいんだけど……。いいわ、私が選ぶわ。クローゼットに行きましょう」
「ちょっと待ってください! ドレスって! っていうかヘルプって!」
「僕たちももしかして……その……ドレス着て」
怯えながら問う二人に、ネイサンは鮮やかに笑って見せた。
「ご名答」
妖艶な笑みを浮かべながら、ネイサンは有無を言わさず二人の首根っこを掴むと、そのまますさまじい力でずるずると奥のドレスルームへと引きずっていく。
抵抗する間もなく、二人はドレスとウィッグをつけられ、完璧な化粧を施されてドレスルームから放り出された。
「あらん、よく似合ってるわよぉ、二人とも」
ネイサンの言葉に、後ろに控えている女性に見える男性達も大きく頷く。
バーナビーは地毛に近いアッシュブロンドのストレートロングのウィッグに大胆にスリットが入った白のイブニングドレス。
イワンはやはり同じ髪色のウエーブがかかったロングヘアのウィッグにフリルがふんだんに使われたピンクの可愛らしいドレスを身に纏っていた。
「こんなの……困ります」
「もう……帰りたい」
「はいはい! もう時間よ! みんなお客様をお迎えして」
二人のぼやきには耳を貸さず、ネイサンは手を叩くと従業員たちを店へと促した。
そして、二人の方へと振り返ると、鮮やかに微笑む。
「そんな不安な顔しなくても大丈夫よ。今日はオープン初日ですもの。私が日頃懇意にしている人たちしか呼んでないの。適当に相づちうって、適当にお酒作っていればいいのよ。あなたたちのテーブルには私も同席するから」
「でも……」
「こんなの聞いてません」
煮え切らずに及び腰の二人に、ネイサンはきっと睨み付け、渇を入れる。
「ごたごた言わない! ここまで来たからには、あんた達もヒーローでしょ? 腹ァくくりなさい!」
「いや……腹をくくる理由がぜんぜんわからないんですが。しかもヒーロー関係なくないですか?」
「もうやだ……帰りたい」
バーナビーの冷静なつっこみもイワンのぼやきも無視し、ネイサンは店の中へと視線を向けると二人にも見るように促した。
丁度店のドアが開き、誰かが入ってきたところだ。
「ほら、今日一番のVIPがいらっしゃったわ。あんたたちの出番よ」
両手で二人の尻を叩くと、ネイサンはニヤリと笑った。
「ここがファイアーエンブレムの店かあ。すげえな。どこもかしこもキンキラキンだ」
アントニオが開口一番に感嘆の声をあげる。
「すばらしい! そしてすばらしい! 見渡す限り美しい女性ばかりだ」
「スカイハイ、わりーけどあれ女じゃねえぞ」
虎徹のつっこみにも動ぜず、キースはおおらかな笑みを向けてみせる。
「そうなのかい? でもそんなことは些細なことだよ、ワイルドくん!」
「いや、些細じゃねえだろ」
小さく突っ込まれたアントニオの言葉は綺麗に無視された。
「あーら、いらっしゃい! お待ちしてたわん」
ネイサンの登場に、三人三様の反応が返ってくる。
一人は妙に感心して、一人は日頃と変わらずハイテンションのまま、そして残り一人は半ば呆れたような顔をして。
「ファイアーエンブレムの奢りだっていうから来たけど、本当にオカマだらけだとは思わなかったぜ」
「あら、高級オカマバーですもの。当然でしょ。女性禁制だしね」
「いい酒出してくれるんだろ?」
「ま、期待してて」
「素晴らしい店だね! ファイアー君!」
「いやだわ、ここではネイサンって呼んで。あんたたちにはVIP席用意してんのよ。もちろんオンナノコたちもVIP専用のゴージャスな子達よ! こっちに来てぇん」
「オンナノコって言ったって……男なんだろ?」
顔をしかめながら虎徹が小声で応える。
店の奥にある個室に通されると、そこには若い女性……に見える男性が二人座っていた。
一人はアッシュブロンドのロングヘアな美女、一人はウエーブがかかったプラチナブロンドの美少女だ。
二人とも間違いなく男性には見えないほどの美女ぶりだったが、何やら様子がおかしい。
客が部屋の中へと入ってきたのを見て、作り笑いを浮かべて立ち上がったまではよかったが、虎徹たちの姿を認めたとたん、笑顔のまま固まってしまったのだ。
「あーら、ごめんなさい! 今日初めてこういう仕事をする子たちだから、緊張しちゃってるのね。ほら、あんたたち、早くお客様を席にご案内して!」
一方、バーナビーとイワンは激しいパニックに襲われていた。
どんなにヒーローの仕事でピンチになったとしても、ここまで心臓が破裂しそうなほど激しく脈売ったりはしないだろう。
なぜ、よりにもよって自分たちの同業者の酒の相手をしなければならないのだ。それもこんな屈辱的な姿で。
もちろん最初からファイアーエンブレムに仕組まれていたことなのだが、残念ながら頭の回転のいいバーナビーですらそこまで考えが及ばなかった。
席に案内しろと言われてぎくしゃくと動き出したが、その動作はまるでロボットのようにぎこちない。
成り行きで、ロックバイソンとスカイハイの間にイワンが、そしてバーナビーは虎徹の隣に座ることになった。
最悪だ。
せめてロックバイソンたちの隣なら、ばれる可能性は多少なりとも少なくなるかもしれない。
だが、さすがに四六時中一緒にいる同僚が、化粧とドレスで見る影もないと言っても自分の相棒に気づかぬわけがない。
たとえそれが人の顔を覚えない虎徹だとしても。
「まだお仕事に慣れてなくて粗相をしてしまうかもしれないけど、大目に見てやってちょうだい。美貌だけなら一、二位を争う子たちなの。アントニオちゃんたちの隣にいるのが、キャシーちゃん、そして、そっちがリンダちゃんよ」
「へえ、リンダちゃんかぁ」
虎徹がバーナビーの顔を覗き込んでくる。
「早速だけど、飲み物作ってくんねえ? 焼酎のお茶割りで」
「……あ……。ハイ」
慌ててグラスとアイスペールに手を伸ばす。
とりあえず絶対に正体がバレることだけは避けねばならない。
どこかぎこちない手つきで氷を入れ、焼酎とお茶を注ぎ込む。
うつむき加減でグラスを差し出すと、妙に顔を近づけられ、下から覗き込まれてバーナビーは再び無言のまま固まった。
「ほんとにお前男なのかよ。綺麗な顔してるよなあ」
虎徹が感心したように言う。
「え……」
「ま、男でも綺麗なヤツはいるけどさ。なんかその碧の目、俺の知ってるヤツにすげえ似てるんだよなあ」
血圧が一気に上がり、そして急降下するような目眩をバーナビーは感じた。
心臓が喉から飛び出しそうだ。
もしばれたらもう生きていけない!
冷や汗と一緒に涙まで出てきそうになる。
イワンの方はと見ると、やはり蒼白な表情をしながら、震える手つきで二人に酒をついでいた。
「おっと」
耳元で上がった虎徹の声でバーナビーは我に返った。
見ると、虎徹は手元が狂ったのか、膝を酒で濡らしていた。
「シミになっちゃうか? コレ」
「あら、大分濡れちゃったのね。奥の部屋で染み抜きしてきたら? これ、鍵!」
ネイサンから投げられた鍵を華麗にキャッチし、虎徹は立ち上がった。
「わりぃ、えっと、リンダちゃんだっけ? 一緒に来てくんねえ?」
「え?」
わけがわからずバーナビーは思わず縋るようにネイサンを見る。
「いいのよ、ご指名ですもの。彼と一緒に行ってあげて」
笑いながらネイサンは片目を瞑って見せた。
虎徹に手をとられ、半ば混乱しながらバーナビーは後に続く。
フロアの奥から出ると、長い廊下が続いていて、その両脇にいくつか部屋があった。
まるでホテルのような作りになっていて、その中の一室のドアを虎徹は開いた。
部屋の中も、まるで小さなビジネスホテルそのものだった。
ベッドがあり、サイドテーブルもある。
「ここは……」
「なんだぁ? こういうところに勤めてんのに、こういう部屋あるの知らないのか?」
「こういう……部屋?」
おずおずとバーナビーが頷く。
「まあ、主に酒飲みすぎて、気分が悪くなった客を休ませる場所、なんだけど」
ベッドに座ってハンカチでズボンを拭きながら、虎徹は言う。
「でも、こういう使い方もするわけだ」
顔をあげ、ニヤリと笑う。
瞬間、バーナビーは腕をとられ、ベッドへと押し倒されていた。
「え?」
ニヤリと虎徹がいたずらっぽい笑みを浮かべ、覗き込んでくる。
「気に入った店のオンナンコを連れ込んで、まあ、そのなんだ。イイコトしようっていう」
「イイコト?」
「んなことも知らないのか。ったく、なーにやってんだ、バニー」
「知るわけないでしょう」
と、応えてから、バーナビーは我に返った。
一瞬頭の中が真っ白になる。
今、彼はなんと言った?
言葉が脳内に到達し、意味をなすまで優に三秒はかかったであろう。
「おーい、大丈夫か? バニー? バニーちゃん?」
「ええええええ? なんで僕だってわかったんです?」
思わず声が裏返る。
「そんなん、こっちがえーだよ。ファイアーエンブレムに呼ばれてタダメシに釣られて来てみれば、女装した相棒が出迎えてるとかさ。つーかマジ何やってんの? そんなに金に困ってんのか」
「んなわけないでしょ!」
すかさずバーナビーが噛みつく。
「だよなあ」
いいながら虎徹はぽりぽりと頬を掻く。
「ってうか、なぜ僕だとわかったんです?」
「わからないと思う方がおかしいだろ。お前どんだけ俺をバカだと思ってんだよ。仮にも四六時中一緒にいる相棒だぞ? どんな格好しててもわかるさ」
虎徹の言葉に、バーナビーは憎まれ口すら出てこない。
屈辱なのは変わらないが、こんな姿の自分を見ぬいたことが、彼の愛情の深さを物語っているような気がして、妙に甘酸っぱい思いもこみ上げてくる。
無言のまま、いたずらがばれた子供のように拗ねた表情で虎徹を見上げる。
「まあ、せっかくファイアーエンブレムに鍵ももらったわけだから」
「は?」
虎徹の指がバーナビーの見事にふくらんだ胸へと伸ばされる。
いつもとはちがう感覚に、虎徹は訝しげに眉を寄せた。
「んー、何コレ。シリコンでもいれてんのか?」
「これは彼が用意して……」
「ったく。こんな偽乳までつけて……。他の男に笑顔で酒ついでたかと思うと、おじさんヤキモチ焼いちゃうぞ!」
「馬鹿なこと言わないで下さい!」
「バカなことじゃねえよ。それでこんなとこに連れ込まれてたら、お前どーしてたの?」
「相手をけっ飛ばして逃げてました。って……どこに手入れてるんです!」
虎徹の指が下腹部へと伸び、スリットの中へと潜り込んでいく。
「あれ? この手触り……。まさかシルク?」
「知りませんよ! ってこら!」
膨らみを下着越しに探られて、バーナビーは虎徹の顔を掌で押しのけた。
だがすぐに手首を掴まれ、シーツへと押さえ込まれてしまう。
「いいじゃねーかよ。見せてみろって」
「イヤですよ! この変態!」
「こんな格好しているヤツに言われたくないっつーの」
「僕だって好きでこんな格好しているわけじゃ……」
ドレスをめくられ、下半身を露わにされて、バーナビーの頬が赤く染まる。
「お前、やらしー下着まではかされてるんじゃねえよ。女もんだろコレ。ってTバック? しかも両サイド紐?」
「いちいち言わないでいいです!」
視線に耐えきれず、両手で顔を覆う。
屈辱と羞恥で震える体をどうすることも出来ない。
情けなさで声を出して泣き叫びたい衝動にかられた。
「顔隠すなって」
不意に甘い、低い声が降ってくる。
手首を掴まれて、再びシーツの上に押しつけられる。
間髪をいれずに唇を奪われ、深く嬲られた。
頭の芯がぼうっとなるまで舌を絡められ、力が抜けたところで唾液を引き摺りながら唇が離れていく。
「恥ずかしがらなくても、すげえ綺麗だし、可愛いぜ?」
「……冗談は顔だけにしてください。みっともないって思ってるくせに」
「思ってねえよ。冗談のつもりもねえし。……顔だけって何気に失礼だな、お前」
「あ……」
するりと片側の紐がはずされたのがわかった。
直に虎徹の指がそこに触れてくる。
さわさわと撫でたかと思うと、握りこんで上下に擦り始めた。
同時に頬や額に柔らかなくちづけが降ってくる。
「ほんとに綺麗だって思ってるって」
「言わないで……下さい」
「ほんとだって」
甘い囁きに誘われて、再び深くくちづけあう。
虎徹を迎え入れるために自然に足が開いていくのが自分でもわかった。
指を奥まで呑込んだ後は、固く熱いものが押し当てられる。
バーナビーは虎徹の背中にしがみつくと、来るべき衝撃に耐えるために、瞳を固く閉じた。
再び店に現れたのは、虎徹一人だった。
相変わらずイワンはアントニオとキースに挟まれて、生きた心地のしない表情をしている。
ということは、まだ正体が二人にはバレていないのだろう。
「あら、うちのリンダちゃんは?」
意味深な微笑みを浮かべながら、ネイサンはさりげなく問いかけてきた。
もちろん、ネイサンには何もかもお見通しなのだろう。
「わりーけどあの子、お持ち帰りさせてもらうわ。車手配してくんね?」
「いいわよ。でも、あんま無茶させないでね。初心な新人なんだから」
ネイサンが片目を瞑ってみせる。
「オイオイ、思いっきりお持ち帰りかよ。お安くねーな、虎徹」
「羨ましい! そして羨ましい!」
「ほんじゃ、またな」
背中越しに冷やかしの声が飛んでくる。
後ろ手に手を振って応えると、虎徹は再びバーナビーが待つ部屋へと戻った。
白いドレスのまま、動けないバーナビーを颯爽とお姫様だっこし、ネイサンたちに見送られながら、虎徹は表に出た。
店の前に用意されたロールス・ロイスに乗り込む二人の姿は、夢見るオカマたちの憧憬を一心に集めたのは言うまでもない。