フレン欠乏症

「リタも一緒に修行なんてうれしいです!」
「ま、たまには外に出て暴れるのもいいわよね。部屋に閉じこもりっきりだとストレスたまるもの」
 かしましく騒ぎながら女性陣が部屋から出て行く。
 廊下にはディセンダーが待っていて、これからコンフェイト大森林に魔物を狩る修行にでかけるという。
「これで、ひとつ貸しね」
 部屋に残るユーリとフレンの方へと振り返ると、意味深に微笑みながら、ジュディスがエステルたちに続いて出て行く。
 小さな音をたててドアが閉まると、フレンは小首をかしげながらユーリへと問う。
「貸しって……何か頼んだのかい?」
「ま、ちょっとな」
 含んだ笑みを浮かべたかと思うと、フレンは思いきり腕を引き寄せられ、ソファに座っているユーリの上へと覆い被さるハメになった。
「ちょ……ユーリ?」
 狼狽している間にいとも簡単に身体を入れ替えられ、フレンはソファに押し倒される。
「ユーリ!」
「暴れんなってーの。時間ねーんだから。ジュディにはなるべく時間稼いでくれって言ったけど、いつドアが開いてエステルたちが戻ってくるかわかんねーんだぞ。この部屋、鍵ねーし?」
 見事なくらい鮮やかな手管で器用にフレンの鎧を外すと、ユーリの指先はフレンの服をくぐり抜け、直接素肌に触れてくる。
「だったらこんなことやめたらどうなんだ! もし誰かに見られたら……」
「やだね。四六時中一緒にいられるのに触れられないとかどんな拷問だよ。ここじゃアンジュの監視がきつくて空き部屋の中でやるわけにもいかねーし」
「だからって!」
「そう言いながらも、力入ってねーぞ。ほんとはお前だって……」
「それは君がっ……あっ……」
 露わになった首筋にくちづけられてフレンは思わず声をあげる。
 のし掛かってくる男を押し返そうとしていた腕が、無意識にその背を抱いたその瞬間。
「フレン隊長? いらっしゃいますか!」
 几帳面なノックの音がしたかと思うと、返事を待たずにドアが開かれる。
 現れた見知った姿に、フレンの目が驚愕のあまりに大きく見開かれた。
 そしてそれは来訪者も同じだった。
 震える声でアスベルはフレンを呼んだ。
「た……いちょ?」
 いつもきっちりと鎧を着込んでいる上司が、半ば半裸といってもいい状態で、黒髪ロンゲ黒服の男にソファに組み敷かれている。
 そう、それは紛れもなくユーリ・ローウェル。尊敬するフレンの幼なじみで親友という人物だ。
 これは一体どういうシチュエーションなのだろうか。
 アスベルの頭が一瞬にして混乱という名の衝撃で真っ白になる。
 普通ならこれはたぶん濡れ場、というヤツだ。どう見てもプロレスじゃない。
 その証拠に、フレンの上半身ははだけられ、下半身も半分ずり落ちている状況だ。
 だが、上司も男で相手も男だ。
「おいおい。ドアを開けるのはノックの返事を待ってからって騎士団じゃ教えてくんねえのか〜?」
 ゆらりと身体を起こし、どう猛な獣のような瞳を向け、ユーリが不気味に微笑む。
「え……あの」
「わりーな、隊長さんは今取り込み中だ。後にしてくんねーか? あ、もちろんこれは他言無用な」
「あ……あの……」
「わかったら早くドア閉めてくんねぇ?」
 体中から沸き上がってくる殺気に耐えきれず、アスベルは頭を下げると思いきりドアを閉めた。
 上司が男の身体の下から縋るように手を自分へと向けていたような気がするが見なかったことにする。
 よくわかんないけど、隊長! がんばってください!
 的外れなエールを心の中で叫ぶと、アスベルは記憶を振り切るように自室へと脱兎のごとく走り出した。
「あ……アスベル! 待っ……」
 フレンは焦って声をあげ、起き上がろうとするがユーリの掌にあっけなく阻止された。
「ちょ! なんてこと言うんだ! アスベルが……」
「お前こそ追いかけてなんて言うんだよ。俺とこういう関係だってきまじめに部下に告白すんのか?」
「……そ……それは……。それもこれもユーリが悪いんだろ!」
「それもこれもお前がじたばた抵抗するのが悪い……。余計な時間くっちまうだろうが」
「なんでそうなる……あっ」
 上着を床へと放り投げ、下腹部へとユーリの指先が伸びる。
 中へ潜り込み、直にフレンを愛撫しようとしたその時。
「おーいフレン! 退屈だから剣の試合とかしようぜ!」
 ノックもなしに勢いよくドアが開かれ、赤い髪の傍若無人な少年が顔を出す。
「ルークさまっ」
 フレンの声が狼狽のあまりに裏返る。
 だが、どこから見ても普通じゃないその状況をものともせずに、わがままな王族は無遠慮に部屋の中に入ってくる。
「お? なんだぁ? 二人でプロレスか? おい、俺も混ぜろよ、もうこの船退屈でさー。って……」
 そこでさすがのルークも事の異常さに気がついた。
 今まで微動だにしなかったユーリが不気味なほどゆっくりと身体を起こし、無表情のまま据わった目を向けてくる。
 地を這うような低く不気味な声がゆっくりとその唇から吐き出される。
「わりーが遊び相手なら他を当たってくれねえか……。フレンは忙しいんだ」
「……あ……なんだぁ? てめえ、俺を誰だと思ってんだよ! 俺はなぁ……って……」 
 もちまえの鼻っ柱の強さで思わず言い返したが、相手から発せられる通常では考えられない殺気に思わずルークも言い淀む。
 長い髪に隠れた表情が恐ろしい。
 とうとうユーリの指が傍らの剣に伸ばされる。
「お前がどこの誰だってどうでもいいんだよ……さっさと出て行けって言ってるのが」
 わからねえのか! という言葉とともに鞘が勢いよく飛ばされる。
「うわあ!」
 毛が逆立つような言いようのない恐怖を感じ、ルークはみっともなく悲鳴をあげると、ドアをたたきつけるように閉め、どたばたとけたたましく足音を立てながら逃げて行った。
 足音が完全に聞こえなくなると、ユーリはニヤリと口の端に笑みを浮かべ、捕捉した獲物へと視線を戻す。
 フレンはぐったりとユーリの下で身を横たえ、既に抵抗する気力もなくなったようだ。
「そうそう、そのまま大人しくしてろよ」
 嬉々としてまだ身体にまとわりついているフレンの衣類を剥いでいく。
「あの二人に見られるなんて……、ぼくはもうどうしたら……」
「大丈夫だって、二人とも子供だから一晩寝たら忘れるさ。悪い夢を見ましたってな」
「そんなわけないだろ……。君はまた調子のいい事言って……」
「んなわけあるって。ほら足開け」
「足って……いやだ!」
「この期に及んで抵抗すんなってーの! エステルたちが帰ってきちまうだろ!」
 せわしなく下腹部に指を這わせながら、余裕のない声でユーリが囁く。
「だったら……んっ……こんなことやめろよ! いやだって……言ってるだろう!」
「ったく、ケチケチすんなよ、生娘じゃあるまいし! 減るもんじゃねーだろ!」
 その瞬間、何かが確実に切れた音がした。
 デリカシーのない無遠慮な言葉は、フレンの怒りのスイッチを確実に押下し、一気に沸騰点へとかけあがる。
「いい加減にしろ!」
 怒声と共に綺麗なアッパーカットがユーリの顎を直撃する。
 見事に弧を描いてユーリの身体は宙を飛び、床へとたたきつけられた。



 数時間後、ジュディスたちが部屋に戻ると、いつもユーリが座っているソファにフレンが優雅に腰掛け、ユーリはと言うと、こちらに背を向け、壁にもたれながら床に座り込んでいた。
 全身から漂う黄昏色のオーラ。
 それを見て、ジュディスは一瞬にしてすべてを理解した。
 この部屋で何が行われたのか。そして結末がどうであったのかも。
「どうしたんです? ユーリ。なんかしょんぼりしてません?」
「なんでもありません、エステリーゼ様。少しユーリは拗ねてるだけなんです」
 エステルの問いに爽やかにフレンが答える。
「拗ねてる? どうしてです?」
「先ほど少しきつく叱ったので。でもこれでおいたをすることはないと思います」
「おいた……です?」
 嘘くさいほど清々しい笑みを浮かべるフレンと、背中から悲哀を醸し出すユーリを交互に見つめると、ジュディスは妖艶な笑みを唇に浮かべ、心の中で無慈悲に呟いた。
 結果はどうであれ、貸しは貸しよね?