キュウリ記念日

  「なんだ? この箱」
 アポロンメディアのオフィス。
 バーナビーの机の上に無造作に置かれたダンボール箱を覗き込みながら虎徹が問う。
「ファンからのプレゼントだそうです。中身をチェックし終えたものが届けられたんですよ」
「あ、そ」
 おもしろくもなさげに虎徹が鼻を鳴らす。
「なんでお前ばっかり……」
「知りませんよ」
 大人げない拗ねた表情でイスに座りながらも、視線はちらちらと羨まげにダンボールを見つめている。
 半ば呆れたようにためいきをつくと、バーナビーは箱を虎徹の方へと押しやった。
「何か欲しいものがあったらどうぞ」
「え?いいのか?」
「別に僕はいりませんから」
「でも、お前にあげるためにファンの子がわざわざ送ってくれたのによ」
「どうせ、誰も引き取り手がなければ廃棄処分になるだけです」
「そか? だったら仕方ねーよな」
 現金なもので、バーナビーの言葉におやつを与えられた子供のように相好を崩すと、虎徹はごそごそと箱の中を漁り始めた。
「うわー、これブランドものの時計? こっちはアクセサリー? おまえこれ相当高いもんだぞ」
「時計もアクセサリーも自分が気に入ったモノじゃないとつけたくない主義なんです」
「でもせっかく送ってくれたのに」
「それに、僕はこれだけあれば十分なんです」
 そう言うと、バーナビーはリボンでくくられた手紙の束を虎徹に見せる。
「それは? ファンレターか?」
「そうです。どんな高価なものより、暖かな心がこもった手紙の方が僕には宝物ですよ」
「まあなー。そりゃそうだけど」
 そういいながらも、虎徹は箱の中を探る手を止めない。
 ふと、虎徹の動きが止まる。
「おいおい、こんなもんまで送ってくんのかよ」
 困惑したような物言いに、バーナビーもつられて箱の中を覗き込む。
「なんです? これ」
「まー、なんちゅーか」
 取り出したのはキュウリだった。
 だが、本物の野菜ではない。
 見た目はキュウリそっくりだが、シリコンで出来たレプリカだ。
 なぜかキュウリの先端からコードが出ていて、その先にはリモコンらしきものがついている。
「キュウリ……。でも作り物ですよね? おもちゃですか?」
「おもちゃはおもちゃだな」
「このコードは?」
「あ? リモコンだろ」
 そう言うと、虎徹は徐にコードの先についているスイッチを押した。
 低いモーター音と共に、きゅうりが振動し、くねくねと動き出す。
「なんですか、これは。なぜキュウリにリモコン?」
「なんですかって……。バイブなんだからリモコンくらい付いてるだろ」
「バイブ?」
 きょとんとした表情でバーナビーが聞いてくる。
 驚いたのは虎徹の方である。
「えっ……お前まさか……バイブとか知らないの?」
「マッサージ器の類ですか?」
「いや……マッサージ器って言ったら当たらずとも遠からずって感じだけども……。いや、ほんとマジで知らないの?」
「バイブってバイブレーションから来た意味でしょう? 振動するならマッサージ器じゃないですか」
「いやまあ……そうなんだけど」
 困惑したように虎徹はぽりぽりと頬を掻いた。
 女性にもてまくりな二十四歳の美形が、まさか大人のおもちゃの存在すら知らないとは思いもしなかった。
 確かに、虎徹と初めてセックスした時も、男性同士の性的交渉の知識が何もなく、処女にもほどがあるという位に初心かったので、そっちの関心が普通の成人男性よりは薄いのだろうとは思っていたが。
「よし! わかった」
 虎徹は決心したように深く頷いた。
「何がわかったんです?」
 訝しげにバーナビー。
「今夜この使い方をバニーに教えてやろう! 人生の先輩として」
「使い方って……。マッサージ器でしょ?」
「ただのマッサージ器じゃねえんだよ、これは。いいからおれにまかせろって」
「はあ……」
「そうと決まれば、さっさと仕事片付けて、バニーちゃんちに行こうぜ!」
 嬉々として机の上にたまった書類に手を伸ばす。
 どこか浮かれたような表情で、始末書にサインをする手すら妙に軽やかだ。
「またうちですか?」
「バニーんちなら、隣に音聞こえたりしねーだろ?」
「はぁ? 音? そんなに大きな音じゃないでしょう、それ。第一使い方って……。そんなものに使い方とかあるんですか?」
「いいからいいから」
 聞く耳持たぬとばかりに虎徹は既に書類を片付けることに専念している。 
「いつもそのくらいやる気出せばいいのに」
 ぼそりと呟かれたイヤミにも反応しないほど妙に機嫌がいい。
 諦めて肩をすくめると、バーナビーもパソコンへと向かった。


 
 早々に仕事を終え、一緒に外で食事をとると、二人でバーナビーのマンションへと向かう。
 勝手知ったる他人の家で、虎徹はさっさと暗証番号と指紋を照合させると、ドアを開け、部屋の中へと入っていく。
 指紋は初めてバーナビーを抱いた日に登録した。
固く閉ざされた心の扉を自分だけが開く事を許されたような気がして。
とても誇らしく、嬉しかったことを虎徹は覚えている。
それから数え切れないくらいにこの部屋のドアを開いた。
最初はぎこちなかったバーナビーも、何度も虎徹に愛されることによって、徐々に快楽に素直になっている。
自分から虎徹のモノを咥えることも出来るようになったし、恥ずかしい体位にも応えるようになった。
だが、やはり今回の時のように、未だにセックスに関しては知識と経験が少ないことを暴露するような出来事も起る。
 同世代が見るようなアダルト動画ですら興味を持つことがなかったのだろう。
 バスルームからバーナビーがリビングに入ってくると、虎徹は待ってましたとばかりに立ち上がり、湯上がりの恋人の体を抱き寄せた。
「ベッド……行こうぜ?」
 口づけながら耳元で囁くと、バーナビーはあからさまに眉を寄せ、虎徹の抱擁から逃れようと体を捻る。
「キュウリの使い方を教えてくれるんじゃ?」
「だから、それはベッドルームで教えてやるよ」
「なぜベッドルーム?」
「その方がいいだろ? リラックスして使うものなんだよアレは」
 納得がいかない顔をしながらも、バーナビーは素直に手を引かれ、寝室へと向かう。
 虎徹はきゅうりを枕の横に放り投げるとバーナビーの腰を抱き寄せた。
 優しくベッドに押し倒し、いつものように腕をお互いの体に絡め、唇をあわせる。
唇を離すたびに、ついばむようなくちづけから深いモノへと変わっていく。
「あ……」
 首筋から胸元へと唇を走らせ、小さな突起を歯で挟む。
「ん……」
 びくんとゆれる背中を宥めながら、虎徹はゆっくりと手をバーナビーの下腹部へと伸ばしていく。
 目的のモノに触れ、優しく掴むと先端を指先で擦る。
すぐに先走りの液が流れ、虎徹の指を濡らした。
「あ……ん……きゅ……きゅうり……は? 説明……してくれないんですか?」
「焦るなって」
 半ば熱くなっている昂ぶりの濡れた先端部にくちづけると、バーナビーの白い喉が反り返り、悲鳴に似た高い嬌声をあげた。
「あ……やっ……」
「濡れてきたな。ここもうぬるぬるだぞ、バニー」
 ほくそ笑みながら虎徹が囁く。
「い……ちいち言わない…で……くださ」
「濡れた方が感じやすいからな」
「え……?」
 突如シーツの上に放り出されていたキュウリに虎徹の指が伸びる。
 スイッチを入れると、鈍い機械音を立てながら小刻みに振動し始めた。
躊躇することなくそれをバーナビーの昂ぶりへと押しつける。
「あ……やっ……ああああっ……」
 今まで感じたこともない刺激に、バーナビーの碧の瞳が見開かれる。
「こら、逃げんな!」
 思わずずり上がった腰を片手で引き寄せられ、再び昂ぶりに沿って振動するキュウリを押しつけられた。
「いやっ……いやですっ……何……これ?」
「だからバイブだって言っただろ? 知ってるかバニー。これいろんな動きするんだぜ?」
「え……?」
 虎徹の指がもう一段スイッチをスライドさせる。
 とたんにモーター音が高く響き、振動が強くなる。
「やっ……いやっ……やめてくだ……っ」
「それからもう一段上だと」
 今度は振動とともに、くねくねとキュウリが動き始める。
 涙で濡れた瞳を見開き、バーナビーの体が一瞬硬直する。
「あああっ……だめっ……あああっ」
 高い声をあげ、しなやかな背中を仰け反らせると、昂ぶりから欲望の証が勢いよく飛び散って、白濁色の飛沫がバーナビーの下腹を汚した。
「こ……こんなっ……」
 荒い息を吐きながら、バーナビーは恨みがましい目で虎徹を睨み付ける。
「こんな使い方をするんですかっ……これはっ!」
「うーん、本来はこういう使い方じゃねえんだけどな」
 恍けた調子で虎徹が答える。
「なんですって?」
「本来の使い方、教えてやろうか?」
 どこか意地悪げな顔で虎徹がにやつく。
「け……結構です」
 慌てて拒絶して逃げようとするが、再び腰を虎徹の両腕にがっちりと掴まれてしまう。
「いや、ここまで来たら教えてやるって」
「いいって言ってるでしょ!」
 思わず虎徹の顔を蹴ろうと足を振り上げるが、反対に両足首を捕えられ、大きく左右に開かれて、体の奥までさらけ出すことになった。
 ローションを十分塗った虎徹の指が、バーナビーの狭い場所へと埋め込まれる。
 一本、また一本と数を増やし、ゆっくりと出し入れを始める。
 内部をかき混ぜられるいつまでたっても慣れない感触に、バーナビーは泣きながら頭を振った。
「や……いやっ……だ」
「怖くないって。臆病だなバニーは」
「だって……そのキュウリ……中に入れるつもりでしょ? そうなんでしょう?」
「あったりー。さすがにもう察しがついたか」
「当たり前でしょうって……いやっ……やですっ」
 力の入らない腕で、なんとか虎徹の体を押しやろうとするが、既にキュウリはバーナビのそこに押し当てられている。
 先端が埋まり、ゆっくりと内部へと侵入していく。
「んっ……んんんっ」
 唇をかみしめ、耐えるようにバーナビーはきつく瞳を閉じて仰け反った。
「ほら、奥まで入ったぞ」
「や……なんか……痛いっ」
「痛くねーだろ? おれのより随分細いだろーが」
「いや……こんな……いやです」
 泣きながら子供のようにむずがるバーナビーの頬に優しくくちづけ、虎徹はにやけ顔でリモコンを掴んだ。
「まあまあ。とりあえずスイッチを、と」
「あ……やっ……あああああっ」
 鈍いモーター音とともに、バーナビーの悲鳴が上がる。
 腸内を異物が蠢いていて、快感よりもなによりも気持ちが悪い。
「や……いやっ……やああっ」
 虎徹の体にしがみついて、バーナビーは泣き声をあげた。
「もういやだっ……抜い……抜いてっ」
「なんだよ。気持ちよくねーのか?」
「よく……なっ……いやっ……あああっ」
 虎徹の腕に爪を立て、バーナビーが頭をふる。
 柔らかなアッシュブロンドの髪が、虎徹の腕を非難するように叩いた。
「わーった……。ちょっと横になってみ?」
 スイッチを切り、バーナビーの腕をとりながらゆっくりとシーツの上へと押し倒す。
 大きく足を広げた間に見え隠れする緑の物体を、注意深く引き抜くと、バーナビーは声をあげて体を捩った。
 無意識に胎児のように体を丸め、涙で潤んだ瞳で虎徹を恨みがましく見つめている。
 虎徹は罰が悪げに頭を掻くと、キュウリを左右に振り誤魔化すように笑いかけた。
「えっと……。まあなんだ。キュウリはこういうことするのに使うものだったわけで……わかったかな?」
「わかりすぎるほどわかりました」
「じゃ、また一つお利口さんになったということで」
 虎徹の言葉に、バーナビーは拗ねた子供のような表情で睨んでくる。
「それでえっと……。バニーちゃん?」
「なんですか」
 機嫌の悪い低い声だ。
「おじさん、バニーちゃんの中に入りたいわけだけど、いっかな?」
 あくまで腰は低めにお強請り体勢で聞いてみる。
 バーナビーはしばらく無言のまま睨み付けていたが、最後には諦めてため息をついた。
「来ればいいでしょ」
「ほんと? バニーちゃんやっさしー」
 嬉々として虎徹がバーナビーの両足を広げ、そこに自身の先端をなすりつける。
「うるさいですよ」
「またまたぁ。照れちゃって可愛い」
「うるさいっ!」
 そう言いながらも、侵入してきた虎徹をバーナビーは離すまいと締め付けてくる。
「ほんと……。バニーは可愛い」
「うるさいっ」
 優しい睦言に、バーナビーは意趣返しとばかりに、虎徹の背中に爪を立てた。 
 
 
 
「しかし、バイブも知らないとはねえ。バニーちゃんマジでそっち系なんも知らないんだな」
 情事の後のけだるいひととき。
バーナビーの柔らかいブロンドを優しく撫でながら虎徹は呟いた。
どんな青春時代を送って来たんだ? と問いかけようとして、虎徹は口を噤んだ。
 まずい、短慮のままデリカシーがない発言をするところだった。
 ずっと一人で生きてきたことはわかっていたはずなのに。
「知ってたからって何か得になるんですか?」
 案の定、不機嫌な表情でバーナビーが問い返してくる。
 虎徹は、バーナビーの頬に優しく唇を押し当て、柔らかく微笑みかけた。
「バニー、これからおれがゆっくり時間をかけていろいろ教えてやるからな」
「はぁ? 何をです?」
「いろいろだよ、いろいろ」
「お断りします」
 バーナビーはきっぱりと言い放つと、虎徹に背中を向けた。
 あからさまな拒絶にもめげず、虎徹は後ろからバーナビーを抱きしめる。
「いや、もう。決めたから。バニーの初めては全部俺がもらうってな」
 その言葉に、抱きしめた体が微かに震え、白い耳朶が赤く染まるのが見えた。
 儚げな声が小さく聞こえてくる。
「とりあえず、もうキュウリはいやです」 
「よし! なら次はゴーヤな!」
 そう言ったとたん、虎徹の体は宙に浮いていた。
 バーナビーが力任せにけっ飛ばしたのだ。
 おい、バニー、ゴーヤはイヤだったのか? んじゃナスか? ナスがいいのか?
 だがその応えを得る前に、虎徹の体は綺麗に床に叩きつけられていた。