天使の誘惑

 オルニオンで待ってる。
 久しぶりに会おうぜ。
 立ち寄ったノードポリカで、ユーリは宿にそんな伝言を残していた。
 確かに、これからヒピオニア大陸に渡り、オルニオンに戻るつもりではあったが。
 しばらく見てない友人の顔を思い浮かべると、フレンは思わず笑みが漏れてくる。
 会いたいのはこちらも同じだ。
 でも、会うとなると、必ずユーリはベッドへと誘ってくる。
 最初は慣れずに痛いばかりだったあの行為が、今は少しだけ、いや、だいぶ快感を感じるようになってきた。
 きっと今回も、躊躇もなしに彼は自分をベッドへと急き立てるだろう。
 それを思うと、期待と不安が入り交じった複雑な感情になる。
 楽しみなような、怖いような。
 だが、それよりもユーリの顔が見たいという欲求の方が強い。
 フレンは用事を済ませると、予定通りに隊をオルニオンに進めることにした。




「よ!」
 勝手知ったるといった感じで、ユーリは騎士団の宿舎にあるフレンの部屋にいた。
 片手をあげ、巡礼から帰ったフレンをねぎらう。
 ユーリの仲間達も、宿舎の空き部屋を借りて休んでいるという。
「久しぶりだね。あいかわらずといった感じかい?」
「そっちもな」
 長旅の汗を流してから、ユーリと一緒に食事を囲む。
 談笑している内に、ユーリが自分に触れてくる度合いが増えてきて、気がつくといつの間にか口づけられているというのがいつものパターンだ。
 ところが今回は、なぜかユーリはフレンに触れてこない。
 訝しく思ってると、ユーリはあっさりと「疲れてるだろうし、もう寝るか」と告げてきた。
 きっちりと寝間着に着替えて健全にひとつベッドの中で横になる。
 ユーリはフレンに背を向けて、完璧に寝る体勢だ。
「あ……あの? ユーリ」
「なんだあ?」
 振り向きもせずに、とぼけた調子でいらえが返ってくる。
「あの……今日は……」
「あんだよ」
 億劫そうに、ユーリが顔を向けてくる。
 その様子が、すごくだるそうで、少なからずフレンの心を傷つけた。
「いや、なんでもない。すまない」
 きゅっと唇を噛みしめながら、フレンはユーリに背を向け、きつく目を瞑る。
「フレン」
 後ろから、打って変わって、名前を呼ぶ優しい声が聞こえた。
 と、同時に、腕の中に引き寄せられる。
「あのな、フレン。したかったら、お前から誘ってくれてもいいんだぜ?」
 金色の髪を指で絡め遊びながら、ユーリが囁く。
「たまにはお前から誘ってくれよ」
「さ……誘うって……何を……」
 フレンは狼狽しながら顔をユーリの方へと向けた。
「抱かれたいんだろ? 俺に。たまにはお前からほしがってくれよ」
「そんなの……どうしたらいいかわからない」
「ばっか、むずかしく考えることないだろ。そのまま自分のしてほしいことをねだればいいんだよ」
 優しく指先が髪を撫でてくる。
「ねだるって……」
 耳まで真っ赤にしてフレンが俯く。
 恥ずかしがる仕草がとても可愛らしくて、ユーリは思わず口元がにやけるのを止められなかった。
 端から見てとてもしまりのない顔をしてるだろうが、この際どうでもいい。
「だ……」
「だ?」
 にやにやしながらユーリがフレンの言葉を促す。
「抱いて……?」
 青い瞳を潤ませながら、上目遣いで顔を真っ赤にし、消えるような声でねだる。
 その瞬間、ユーリは口元を押さえると、素早く立ち上がり、取り乱した様子でドアも閉めずに外へと走り出していく。
 どうやらゲームで言うならクリティカルヒットというやつらしい。
「ユーリ?」
 呆然と後ろ姿が消えた出口を見つめていると、何やら部屋の外から喧噪が聞こえてくる。
 と、突然エステルの姿が開きっぱなしのドアから現れた。
 フレンの側に走り寄ってきて、エステルは縋るようにその手を取る。
「ユーリと喧嘩したんです? 暴力はダメですよ、フレン。いくらお友達だからって」
「え? なんのことです? 暴力?」
「だってユーリ、鼻からすごい血を出して……。フレンが殴ったんじゃないんです?」
「なーるほどね〜、なーんか読めてきた」
 後ろではリタが腕を組みながら、呆れたように言い放った。
 妖艶に微笑むジュディス、そして、最高ににやけた笑みを浮かべたレイヴンもいる。
「いいから、ほっといて寝よ。あんまつっこむと、あたしたち、全員馬に蹴られて死ななきゃならなくなっちゃう」
「え? どうしてです?」
「わからなきゃいいの。さ、いこいこ。アイツだって鼻血の後始末くらい自分で出来るでしょ」
「でも回復術で……」
「あいつにとっては幸せの鼻血だからいーの!」
「幸せの鼻血?」
 心底わからないといった感じで小首をかしげるエステルを、リタは無理矢理ひっぱっていく。
「いやー、若いっていいわねえ。おっさん、うらやましいわ」
「ふふ、お幸せにね」
 意味深に微笑みながら、レイヴンとジュディスも姿を消す。
 すっかり二人の仲がばれてることに、フレンは一瞬蒼白になるが、すぐに肩を落とし、深くため息をつく。
「もう……ユーリは仕方ないな」
 それだけ愛されているという証だ。
 周りに隠しきれないほど、ユーリの愛は溢れまくってしまっている。
 唇を指先でそっと触れた。
 ユーリが帰ってきたら、今度こそちゃんと言おう。
 それこそ鼻血ではすまない、彼がその気になる殺し文句を。
 ユーリの天使は少しだけ悪巧みを覚えた。